第11話 「“投資競馬”という禁断の検証」

競馬ストーリー連載|第11話
「“投資競馬”という禁断の検証」
――数字だけを見つめ続けた先にあった、大切な気づき
▼「感情を捨てれば、競馬は利益を生むのか?」
ある日ふと思った。
もし、予想しなかったら?
感覚も、熱も、ドラマも抜きにして、ただルールと数字だけで馬券を買ったら?
それはまるでFXのような世界だった。
競馬というより、“オッズと確率”というマーケットに近かった。
そして僕は、その疑問を本気で検証する旅に出た。
▼ 投資競馬。それは、感情を捨てた戦い方。
僕が言う“投資競馬”とは、こうだ。
- 予想は一切しない。
- 的中率や平均配当から導き出した「勝率シミュレーション」に基づく。
- オッズが決めた購入条件に合致したら、自動で馬券を買う。
- 的中したら終了。外れたら、次の買い目をロジックで淡々と継続。
つまり、馬も見ない。騎手も見ない。血統も展開も一切見ない。
やることは、条件に一致する馬券を“ツール”に委ねて、
そのままオートで馬券が買われていくのを見届けるだけ。
言うなれば「人間を省いた競馬」だった。
▼ ある競馬サロンでの“出会い”から、旅が動き出した。
そんな思考に取り憑かれていた時期、
とある自動購入ツールを使う競馬サロンに、僕は足を踏み入れた。
そこでは、朝から晩まで「期待値」「勝率」「ROI(投資回収率)」といった言葉が飛び交い、
まるで証券取引所のようなテンションで、馬券がオート発注されていた。
──そのときだった。
「あれ……かわなさん?」
信じられないことに、
そのサロンの中に、「馬券的中率アップの会」の会員さんがいたのだ。
奇跡のような偶然。
そして、そこから始まった“異色の共同検証”。
▼ 感情を封印して、パートナーと“3ヶ月の実験”。
僕はその会員さんとタッグを組み、
3ヶ月間、投資競馬に本気で取り組んでみることにした。
ルールは極めてシンプル。
- 買い目はすべてロジックに従う。
- 感情は一切挟まない。
- 的中したら自動で終了。外れても、次のレースに進むだけ。
最初の1ヶ月は、驚くほど順調だった。
控えめに言って、「これ…マジで儲かるんじゃないか?」という手応え。
馬券は当たる。損は出ない。数字はきれいに積み上がっていく。
でも──それは、嵐の前の静けさだった。
▼ ハズレの“波”は、ある日突然やってくる。
投資競馬における最大の敵──それは「ハズレの連続」だ。
感情を封印しているはずなのに、
外れが続くと、人間の“本能”が騒ぎ出す。
「このロジック、壊れたんじゃないか…?」
「もう止めた方がいいんじゃ…?」
「この次、当たるまでやらないと負けだ…!」
自動とは言っても、最後に“止めるか続けるか”を判断するのは人間だ。
ツールは冷静でも、人間は決して無機質にはなれない。
僕たちは、“ハズレの波”を前にして、動揺した。
そして、ズルズルと資金を減らしていった。
▼ 結果:利益は、出なかった。
いや、正確に言えば──
最初はプラスだった。
でも、最終的には“気持ちマイナス”でフィニッシュ。
数字的には小遣い程度の損失。
でも、失ったものはもっと大きかった。
競馬を“感じる”喜びを、自分で封じていたことに気づいた。
それもあってか現在も大きく当たったり連続で外れたりしても
心は揺さぶられないメンタルを鍛えられた。
当たった喜び、外れた怒りはなく冷静で馬券のブレはない。
そこだけは自分にとってプラスに働いた。
▼ 馬も見ず、展開も見ず、“当たる”だけを願った3ヶ月。
確かに、理論的だった。美しかった。
でも、それは「魂のない馬券」だった。
画面の中で自動発注される馬券は、
どこか冷たくて、無機質で、心が震えなかった。
▼ 僕はやっぱり、競馬が「人馬一体」で走っていることが好きだ。
馬が懸命に走る姿。
騎手が必死に追う手綱。
スタート前の緊張感、直線の絶叫、ゴール後の余韻。
それを、仲間と共有して、
自分の頭で考えて、信念で買って、
そして、外れても「仕方ねぇな!」と笑えることが、僕にとっての“競馬”だった。
▼ そして気づいた。「伝える」って、こういうことなんだ。
僕が会員様に届けたい馬券戦略は、
「このロジックで儲かりますよ」ということじゃない。
「この視点で見たら、競馬って面白くなるよ」
「こう考えたら、馬券も納得できるよ」
という、“競馬の見方”そのものなんだ。
▼ だから僕は、投資競馬を“やってよかった”と思っている。
損はした。けど、それ以上に得るものがあった。
人のいない競馬は、僕には合わない。
ロジックだけの馬券は、誰にも語れない。
経験者として伝えたい。
「儲かるかどうか」よりも、「納得して競馬と向き合えるか」の方が、よっぽど大事だと。
▶️ 次回予告:「“競馬を教える”という責任」
ただ当てるだけじゃなく、
“教える”という立場になったとき、
僕の中で競馬がまた一歩、深くなっていった話。