第12話 「“教える”ということは、押しつけないということ」

競馬ストーリー連載|第12話
「“教える”ということは、押しつけないということ」
――信念の数だけ競馬があり、指導の形がある
▼「教える」って、何だろう?
馬券的中率アップの会を立ち上げたとき、
僕の中にあったのは、「勝ち方を伝えたい」という純粋な想いだった。
でも時間が経つにつれて、たびたび自問するようになった。
「これは“教える”ってことになってるか?」
「それとも“押しつけ”になってないか?」
気づいたら、僕の周りには信念を持った会員様が集まっていた。
それも、ほとんどが僕より年上の方たちだった。
▼ 経験も、競馬歴も、自分より長い人たち。
僕なんかより、何十年も前から馬券を買ってきた方。
現地観戦を続けてきた方。
「こちとらお前が競馬を始める前からGI追ってきたわ」って人もいる。
当然、競馬に対する考え方や信念も人それぞれある。
それが当たり前だし、それを“壊さないこと”こそが僕の役割だと思っている。
だからこそ僕は、“補強”に徹する。
その人の信念の土台があって、そこにテコ入れをすることで
今より少しでも馬券が上手くなるように導く。
▼ 僕の役目は「正しさの提示」ではなく、「自分らしさのサポート」。
もしも、こっちの理論を押し付けてしまったら──
もしも、本人が大事にしている軸をぶっ壊してしまったら──
競馬がつまらなくなる。
勝っても嬉しくない。
当たっても、自分のものじゃない。
やがて「競馬なんてやめようかな」となる。
僕はそんな未来を、絶対に作りたくない。
▼ 競馬は娯楽。その大前提は、絶対に忘れない。
楽しいからこそ続く。
好きだからこそ熱が入る。
週末が楽しみになる、その気持ちを守ることがいちばん大切なんだ。
▼ とはいえ、全ての人が“自分のやり方”にこだわるわけでもない。
「自分を変えたいんです」
「信念を壊してでも、勝てるようになりたいんです」
そんなふうに言ってくれる会員様もいる。
そのときは、しっかりと寄り添って、
一緒にゼロから組み直すこともある。
本気で、共に向き合う。
でもそれは、あくまでも「本人の意思ありき」だ。
僕の思想を一方的に押しつけてはいけない。
▼ 正直な話をしよう。
レース数が止められない人は、勝つのがかなり難しい。
「気づけば今日も20レース…」
「いつのまにかトリガミ…」
「本命を決めずに、穴だけ追ってズタボロ…」
そうなってしまうのは、ほとんどが“感情に任せた行動”が原因だ。
勝ちたいけど、冷静さを失っている。
負けたくないけど、買いすぎてしまう。
資金の事故管理ができないというのは、競馬では命取りになる。
その事実は、きちんと伝えるようにしている。
▼ それでも僕は、その中から“勝ち筋”を探す。
無理な期待はしない。
だけど、前向きになれるように仕向ける。
その人なりの「できる形」を一緒に見つける。
なぜなら──
“変われる人”は、ちゃんといるからだ。
▼ 実は、僕は高校でギターを教えている。
週に1回、50分。
コードの押さえ方、指の動かし方、音楽理論。
生徒はそれぞれ、興味もやる気もばらばらだ。
でも、はっきり分かることがある。
興味がない内容の授業は、絶望的に吸収率が悪い。
いくら上手に教えても、
「やらされてる」と感じている生徒は伸びない。
▼ 競馬もまったく同じだと思う。
自分に合わないスタイル、
興味の持てない手法、
好きでもないやり方。
そんなものは、身につかないし、楽しくない。
▼ だからこそ、興味ある方向で“勝ち”に導くのが、僕の仕事。
その人が熱を持てるやり方で、
「なるほど!」と心が動くポイントをつかむ。
そこから少しずつ、自分のスタイルにしてもらう。
押しつけない。けど、放置もしない。
サポートするけど、正解は渡さない。
それが、僕なりの「教える」の定義だ。
▼ ギャンブルはメンタルを崩しやすい。
お金が絡む以上、どんなジャンルよりも感情が揺れる。
勝てば舞い上がり、負ければ沈む。
だからこそ、扱いは慎重にしないといけない。
僕が指導するうえで一番大事にしているのは、
「その人の心を壊さないこと」。
そのうえで、「もう一歩前へ」進めるように。
その人が競馬と向き合い続けられるように。
▼ 競馬の“教える側”になって分かったこと。
それは──
「答えを持つこと」じゃなく、
「その人の中に答えを見つけさせること」が、教えるということだった。
▶️ 次回予告:「僕が“勝ち方”を語る理由」
メダル時代の研究心。負け続けたあの日々。
そして、初めて感じた“理屈が通った勝ち方”。
なぜ僕は、今も「勝ち筋」にこだわり続けるのか。