第15話 「予想だけじゃ勝てない──“戦い方”を整えるということ」

競馬ストーリー連載|第15話
「予想だけじゃ勝てない──“戦い方”を整えるということ」
――資金、選択、欲望。その全てが馬券の鍵を握っている。
▼ かわな式は、精度の高い“予想の武器”だ。
でも、それだけで勝てるわけじゃない。
どんなに鋭い予想も、“扱い方”を間違えれば結果は出ない。
僕は何度もそれを痛感してきた。
・当たる予想をしていたのに、資金配分をミスしてマイナス
・勝てる軸馬を見つけていたのに、レースを選べずに破綻
・冷静だったのに、3連敗で感情が爆発して無茶打ち
「予想」と「馬券」は、まったく別のゲームだ。
▼ まず大事なのは「資金管理」
これはもう、勝ち負け以上に命の部分。
「毎レース1000円ずつ」ではなく、
「本当に自信があるときに、しっかり厚く」
「判断に迷うときは、極力手を出さない」
そういう“馬券に濃淡をつける技術”がなければ、
どんな名予想も“ただの的中”で終わってしまう。
むしろ、薄く広く賭けている人ほど、ジリジリ負けていく。
僕自身、かわな式を作る前まではそうだった。
▼ そして「レースの選択」こそが、勝敗の半分を決める。
全部のレースをやろうとすると、集中力が崩壊する。
見なきゃよかった、買わなきゃよかった、外れて傷口だけが残る。
だから僕は、勝負できるレースしか触らない。
- 馬場傾向が読めないときは見送る
- 展開が読みにくいときもスルー
- 相手選びに迷いがあるなら「様子見」が最善手
「今日はこの2レースだけでいい」
そう割り切れたときの馬券って、本当に強い。
▼ でも、それを一番難しくさせるのが…自分自身の“欲”だった。
・3連敗のあと、「取り返さなきゃ」と震える手で次の馬券を買う。
・的中したあと、「もっと賭けておけばよかった」と物足りなくなる。
・的中率を気にして、回収より“当てやすい方”を選んでしまう。
冷静に判断していたはずなのに、
気づけば、予想じゃなく“感情”が馬券を支配していた。
「もう一回、もう一発…」
「今度こそ」
「これが最後」
そうやって、じわじわと自分の思考が“雑になっていく”のを、
僕は何度も経験した。
▼ どうやって、それを止められるようになったのか?
正直に言うと──
負けすぎて、本当に嫌気が差したのがきっかけだった。
予想は当たっているのに、トリガミ。
いい軸を拾ったのに、なぜか勝てていない。
あるときふと、
「なんでこんなに苦しんでまで、競馬やってるんだろう」
って、真顔になった。
──そしてその瞬間、一度、心が冷めた。
いい意味で、競馬に熱を持ちすぎていた自分から離れられた。
▼ 競馬って、そもそも“完璧な前提”で成り立ってない。
僕らはいつも、「人馬一体で完璧なパフォーマンスがされる前提」で予想してる。
だけど現実は…
- 掲載されない馬の“精神状態”や“微細な疲労”は、絶対に存在する。
- 騎手だって人間。体調もある。気持ちの波もある。
- 相手の馬に“苦手な先輩騎手”がいて、知らぬ間に忖度競馬をしてるかもしれない。
そんな“人間のゆらぎ”が、レースには満ちている。
▼ 10頭以上が走るレースで、自分の展開がピタッとハマるなんて、滅多にない。
パドック、馬場、風、タイミング、騎手の気分…
ありとあらゆる“ズレ”が、あの1分ちょっとの間に詰まってる。
そう思ったら、
「当たるか当たらないか」で自分を責めるのがバカらしくなった。
むしろ、“整えた予想”を持ってそこに挑めたかのほうが、ずっと大事なんじゃないかって。
▼ かわな式は「整えた予想」だけど、勝つには「整えた自分」が必要だった。
・買いたい衝動にあらがえるか?
・“根拠がない勝負”を切れるか?
・“当てたい”ではなく“勝てるか”を判断軸にできるか?
その答えを持っていないと、どんなに鋭い予想も“道具止まり”になる。
でも、自分が本気で「今は賭けるタイミングじゃない」と引けたとき、
逆に「ここだ」と思えたときにしっかり賭けられたとき、
予想は初めて“武器”として機能する。
そして──
整えた先にたどり着いたのが、いま僕が提唱している【かわな式フル予想】という総合的なスタイルだ。
予想、資金、選択、欲求、すべてを含めて戦う。
だからこそ、勝てるようになる。
▶️ 次回予告:「“楽しめる勝ち方”を探しに」
一撃必殺じゃない。地味でも、確かに積み重なる勝ち。
予想と馬券、数字と感情のバランスが取れた先に見えてきた、
“競馬を長く楽しむためのスタイル”の話。