第9話 「閉ざされた日々に、画面越しの声を」

競馬ストーリー連載|第9話
「閉ざされた日々に、画面越しの声を」
――止まった競馬場と、YouTubeという新たな扉
▼ 2020年、世界が静かに止まったあの春。
マスク、除菌、緊急事態宣言。
テレビでは“不要不急”という言葉が繰り返され、
当たり前にあった週末の「競馬場」からも、人の姿が消えた。
無観客。パドックに声はなく、ターフビジョンに映る観客席は空っぽ。
リアルな競馬が、まるで画面の中の出来事になった。
予想会は中止。仲間との集まりもできない。
ファンとの触れ合いも、熱狂も、歓喜も、何もかもが一瞬で奪われた。
「このまま、何もできないまま、終わるのかな──」
そんな焦燥感が、心の中をゆっくりと蝕んでいった。
▼ 実は、YouTubeはその半年前から始めていた。
2019年11月。
当時のYouTube界隈は“ビジネス系YouTuber”が一斉に伸びていた。
「価値ある知識を発信すれば、個人でも人を動かせる」
そんな空気に背中を押され、僕もカメラを前に座った。
始めたのは、競馬にまつわる“お勉強系動画”。
・馬券の種類と買い方
・血統の基礎知識
・「勝つために気をつける3つのこと」
そんな内容を、丁寧に、地道に、毎日更新した。
https://www.youtube.com/@baken-tekichu-up
実績も肩書きもない僕の話に、最初は誰も反応しない。
けれど──それでも再生数は、じわじわと伸びていった。
▼ 動画をアップし続けたある日、気づけば登録者が1000人を超えていた。
毎日50人ずつ増えていく登録者。
再生数のグラフが、階段のように上がっていくのが嬉しくて。
“ようやく自分の声が届いているんだ”と感じられた。
YouTubeは、思った以上に“ちゃんと聴いてくれる世界”だった。
登録者1000人。
収益化の条件クリア。
YouTubeから「あなたも一人前です」と認定されたような気がした。
▼ カメラの前でしゃべることに、最初は抵抗しかなかった。
「見ず知らずの誰かに向かって、自分の競馬観を語るって…恥ずかしくないか?」
「アンチが来たらどうしよう?」
「再生されなかったら、ただの黒歴史じゃん…」
でも、不思議なもので──
続けていくうちに、画面の向こう側に“誰か”の顔が浮かぶようになった。
それは、かつての自分。
「競馬って難しいな」「勝てないな」と悩んでいた頃の自分に向かって、
“その先に希望はあるよ”と伝えているような感覚だった。
▼ そして新しい出会いも、YouTubeがくれた。
動画を見てくれた他の競馬系YouTuberたちから、
「一度話しませんか?」というDMが届くようになった。
ある夜、オンラインで集まった数人のYouTuberと初めて話した。
「企画ってどう考えてる?」
「編集って自分でやってるの?」
「登録者って、どう増やしてる?」
「サロン展開してる?」
競馬の話だけじゃない。運営や方向性、伝え方まで、語り合った。
僕はこの時間がすごく楽しかった。
“ただの趣味”が、“戦えるスキル”に変わっていく瞬間だった。
「横のつながり」が生まれたことで、孤独感は消え、
「自分も、ちゃんとこの世界でやれてるんだ」と思えた。
▼ “画面越しの声”が、僕をもう一度競馬へ連れ戻してくれた。
コメント欄には、毎日のように感想が届いた。
「わかりやすかった」「競馬が面白くなった」「的中しました!」
たった数行の文字に、何度も救われた。
画面越しでも、ちゃんと人は温かかった。
▼ 気づけば、また僕は“競馬が好きだ”と思えていた。
競馬場が閉ざされても、
声援がなくても、
馬の息づかいが届かなくても──
競馬の魅力は、消えなかった。
むしろ、“言葉”にして伝えることで、より深く好きになっていた。
そして、今。
あのとき育てた小さなYouTubeチャンネルが、
未来へと続くもうひとつの競馬場になろうとしている。
▶️ 次回予告:「“勝ち”を超えて──本当に届けたかったもの」
的中を求める声、バズる動画、広がる予想依頼。
でも、ふと立ち止まった時に僕が気づいたのは、「勝つこと」よりも大切なものだった──。